波も○○も高くって
三宅島は絶海の孤島である。周りに波を遮るようなものは何もない。従って島の近辺の気圧はもちろん、沖縄辺りにある、とんでもなく遠くにあるような低気圧の影響を受けて波とうねりがやってくる。そして三宅島には入り江と言うものがない。なので、防波堤で囲ってあるのは全て小型の漁船用の漁港だ。内地から来るフェリーや貨物船は波の状態によって、それぞれ島の東側と西側にある三池・阿古の港のどちらかに着岸する。当然、波が高くて船の動揺が激しい場合は着岸を断念するので、人も貨物も到着しない。そうするとどうなるか?
私は一応、仕事で来ているのである。当然、道具がいる。島内にある重機や道具を使えればよいが、本格復興が始まったばかりの島内で、遊んでいる道具、ましてや機械などあるはずがない。それに私の勤めるグランド屋というのは、普通の土木作業では絶対に使わないような農耕用トラクターや耕運機などを改造した重機を使うことが多く、それぞれがこなす作業に特徴があるので、潰しが利かないのだ。つまり作業ができなくなる。重機だけではない。他の会社でも重機や資機材が届かなければ作業に支障をきたす。何しろ生活・作業に必要なものは、全て内地から運んでこないとならない。作業に使うものなら自分達で用意して船に積み込むことができるのでまあよい。それでも積み込みは受付順であり、帰島する人の引越し荷物や生活物資、復興用の資機材も同じ貨物船で運ばれるため、船の容量いっぱいになれば、そこまで。船に積んでもらえるのは2日後となる。ようやっと積み込んでもらったとしても船が着岸できなければどーにもならない。もう一日以上、待たなくてはならないのだ。
人を運んでくるフェリーと違って貨物船は小さい。フェリーは5000トンクラスの船だが、確認できる貨物船は新洋丸と新東丸の2隻。共に1500トンクラスではないだろうか?どう見ても120mの船体を持つフェリーの3分の1程度の大きさしかないように見える。他にも入港しているようだが、膨大な量の資機材と生活物資を捌き切れないのは道理だ。事実、2月の始めの段階で、フェリーを運航している東海汽船なぞ、20日先の輸送予約まで一杯で、それ以降は予約すら受け付けられない状態だと言う。
石原都知事も災害復興派遣なんだし、国からの補助金をチマチマ受け取るんじゃなくて、防衛庁にどーんとに出動要請して、海上自衛隊輸送艦隊とホバークラフト型の上陸用舟艇LCAC、エルキャックという。陸上自衛隊の戦車も運べる能力がある。)を使って運んでしまえばいいのに。そうすれば波が高くて着岸できなくても砂浜に揚陸できるし、港湾施設の整備も安いもんだと思うがね。せっかくの右っぱねなんだから・・・。
我々の場合、自分で運べない生活用の荷や作業に必要な考えられる道具の全てを、後からやってくるY崎さんのトラックに積み込んで、船便で島に渡す計画にしていた。Y崎さんは都合で3日の夜乗船、4日早朝の到着予定であるから、トラックを3日の朝に竹芝桟橋に持ち込んだ。順調であれば4日には到着するハズである。ところが前述のように、三宅島に送られる貨物が多くて捌き切れず、積み込みが8日で到着が9日の昼になった。
Y崎さんが渡ってきた翌日に防球ネット屋の職人達がやってきたが、やはり道具一式を積み込んだ乗用車と高所作業車の積み込みが遅くなり、本来なら機械を使ってラクに作業ができるハズが、機械到着の遅延で手作業をよぎなくされていた。そしてここで、問題が発生した。
この職人さんたち、防球ネットを撤去するにあたり、ネットとワイヤーを編みつけてあるロープを切るのにカッターナイフを使うのだが、カッターがない、正確にはカッターの本体はあっても替えの刃がないのである。もちろん営業している店に行けば、カッターは売っているのだが、替え刃を置いている店がないのだ。もし替え刃があったら譲ってくれというのだが、我々も手持ちがなく、カッターの替え刃を元請にくれ、とも言えない。第一、元請にもそんな細かい補充品はないのである。
売っているカッター本体には替え刃が1枚だけついている。ないよりはマシ、とばかりにネット屋の職人さんたちは相当数のカッターナイフ本体を買うハメになったのである。
船が来ないとタバコや生鮮食料品がなくなる。特にタバコを置いている店は神着の正大ストアか阿古の小林商店にしか置いておらず、そこに喫煙者が殺到する。タバコは週に一度の入荷しかないので、日が進むにつれ、売り切れとなるのだ。その為、我々は毎週土曜日になるとタバコが手元に何箱残っていようが、必ず1カートン(10個)買うことにした。積み込み時刻の関係上、新聞・雑誌などは販売日が遅れる。つまり前日の新聞(朝刊のみ)が店頭に並ぶことになる。しかも昼過ぎか夕方に。今日のテレビ番組を知りたいのに前日の新聞では役に立たないので、テレビガイドを買うことになる。その数が少ないので、あっと言う間に売り切れとなるのだ。そして、やはり土方向けの考えなのだろうが、豊富なものがある。それはエロ本。種類・数とも豊富なのであった。
その他にも、何で?ということがたくさんある。鉛筆を売っていても赤鉛筆がない。ホッチキスを売っていてもホッチキスの針がない。紙皿や紙コップ、同類のプラカップはあるのにガラスやセトモノ・プラスチックのコップや皿などがない。お玉やフライ返しはあるのに包丁はない。パンツがあってもTシャツはない。冷凍オキアミブロックがあっても食用の冷凍エビがない。ヨーグルトがあるのに牛乳を売っていない。ナンチャッテ・ジッポーライターを売っているのにライターのオイルがない、など等。もちろん帰る頃にはかなり改善されたが、もうちょっと考えて仕入れしたら売上も違ってくると思うのだが。
このように貨物船に混載してくるため、商品の大量購入・輸送(可能であっても需要がない。)ができず、商品の値段に輸送費がモロにかかってくるので、物価も高い。定価販売は当たり前、焼酎など4リットルで2,850円と内地のコンビニで買うよりも7〜800円がた高い。渡ってきた当時、野菜などダイコンが250円、長ネギ・キュウリ100円、バナナ60円、リンゴ170円、モヤシ100円、カボチャ500円。これすべて1本(1個)あたりの値段である。しかも陳列されている量は少ない。内地の節約主婦が見たら悲鳴を上げるような価格である。いっそのこと、今の三宅島で『一ヶ月一万円生活』の番組をやれば、内地のどこでも生活できることだろう。三宅島のヒサンな状況を放映するよりも視聴率が取れることだろう。これらも三宅村役場が発表しているように、島民が2000人帰ってくればかなり変わってくるのだろう。それまでは我慢我慢(帰るときにはかなり改善されていた。)である。
しかし納得がいかないことがある。燃料である。車を走らせるのも重機を動かすのも燃料がいる。内地からどういう状態で輸送されているのかは不明なのだが、これがブッ高い。ハンパな金額ではない。これらの燃料、一体いくらだと思います?
ガソリンがレギュラー1リットルあたり174円。軽油が154円である。ペットボトルに入ったミネラルウォーターよりも高いのである。内地ならガソリンが110円でも高い。軽油が90円でも高いというのに、この価格である。それもこの価格、元請の紹介があるから少しは安くなってる価格なのである。島内にはガソリンスタンドが4軒あったが、大体この値段である。アメ車(アメリカ製の車)など持ち込んだら燃料代だけで破産するだろう。
しかし、電話をするとタンクローリーで現場にすぐに来てくれる。燃料の配達する関係で、店先に店のオヤジの携帯電話の番号が表示してあり、時間外でも休みでも、オヤジが釣りに行っている場合でも灯油に限っては配達してくれるのはありがたい。これは風呂に灯油焚きのボイラーを使っている家庭や施設が多いためである。
さて、船が着かないと入ってこないだけではなく、出すことも出来ないのである。出すものとは通信文や現金書留を始めとする郵便、内地でお世話になった人に送るお礼の品や不要なものを送り返す小包・宅急便などの荷物である。郵便に関しては客船が運んでくるので、まあ遅滞はそれほどない。金は掛かるが、昼12時までに郵便局に持ち込んで速達扱いで投函すれば、関東地方なら翌日の配達となる。12時を過ぎたり、フェリーが着かないと翌日扱いになるので、余計に時間がかかるのは当然である。ちなみに内地と島、どちらから送るにしても郵政公社の“ゆうパック”が早い。コツは荷物をできるだけ小さく軽くすることである。内地から送ってもらう場合は、欲する物資を分散させることで早く到着する。そして島内からは送らないか、急がないものはドカッっと送ることである。
ついでなので、通信のことも書いておく。集落のあるところには公衆電話が新設、というか作り直されている。テレフォンカードが使える緑色のやつである。携帯電話はドコモだけが通話可だが、雄山の頂上付近にあるアンテナがガスでやられているので圏外になることが多い。iモードなどもヒットしにくく、遮断されることも少なくない。しかし、ほんの10mも移動するとアンテナが3本立つので、ウロチョロするとよいだろう。