ち、気象ぉーっ!!
 私が巣食う会社はグランド屋。正確には“運動施設施工・整備会社”である。何をするのかと言えば、ただの野ッ原をサッカー場や野球場として使えるようにしたり、公共・私営を問わず、既に運営されている野球・サッカー・テニス等の専用競技場、学校などの各種教育機関の校庭、公園などの公共の広場の地面を水溜りができないようにしたり、競技を行うにあたり、グランドが原因となる競技上の不具合(イレギュラーバウンドや選手のスリップ等)が起きないようにするのが仕事である。ブル(ドーザー)やユンボ(パワーショベル)・ダンプに乗り、(ヘル)メットに作業着・安全靴と、同じ土木建設現場にいて、他の会社の土方と同じようなカッコをしているがのだが、この仕事、一般の土木作業とは違い、気を使う点がある。
 それは雨や雪、霜等によって地面の含有水分量が多い場合には作業が出来ない、ということである。ナゼか?
 一般土木と違い、グランド整備作業というのは、その現場の設計によって違うが1mm〜100mm程度の範囲で地表面を漉き取るという作業を行う。従って、下水や建物の基礎工事などで行う、ある特定の狭小範囲の地面を掘るという作業は稀である。
 雨が降ると地面が柔らかくなるので、キャタピラやタイヤに泥が着き、表面の土を剥がしてしまい、痕が残る。痕が残る程度ならまだしも、その痕に水が溜まったり、勾配の関係で他のところの雨水が集まってきてしまい、ぬかるみになってしまったりするのだ。グランドに水が溜まったり、ぬかるんだりしないようにするのが仕事なのに、自らがやってしまったのでは本末転倒である。よって我々は季節や雨の降り方、降っていた時間によっても異なるのだが、基本的に雨天時とその翌日は作業を行わない。てか、行えない。あと一日で現場を上がれる(作業が完了すること)のに雨が降って予定が2〜3日ずれるなんて事態は珍しいものではない。だから気象情報を得るのに躍起になる。
 東京・神奈川のように、キチンとした予報がでるところなら問題はない。とくに冬場の、土木業界が忙しい時期と言うのは乾燥した晴天が多いからである。ところが伊豆諸島というのは天気予報があてにならない。三宅島に関してはテレビで天気予報が放送されることもない。
 内地のように、広い陸地であれば雲が山に当たって雨が降るとか、低気圧と前線が通過するときに雨が降るとかがあるが、ここ三宅島は絶海の孤島である。雲が海上で発達して通り抜けるなら良い。が、島自体が山みたいなもんである。雲がくれば雨が降るのである。30分前まで快晴だったのに、黒い雲が来たなぁ、と思っていると突然、土砂降りの雨になったりする。ついでに海上は遮蔽物がないので、海上に吹く風がモロに吹き付けてくるのである。
 気温そのものは内地より概ね2℃くらい高いので風さえ吹かなければ寒いことはないのだが、吹き付ける風は海風そのもの。冷たい風な上に強風である。しかも今の時期は西からの強い季節風が吹く。島の西半分はそよ風なんて存在しない。風速が15mを越える強風か無風かである。まあ、そのおかげでガスがこないのだから痛し痒しであるが。
 そんな島の気象条件であるから、天気予報がまるで役に立たない。伊豆諸島で予報が報道されるのは大島・新島と八丈島で、三宅島はその中間にある。どちらの地域も晴れの予報でも、雨雲が三宅島上空を通過すれば、三宅島だけ雨が降ったりするのだ。そうなると作業中なら作業中止。作業時間外ならば翌日に現場に行って、頭を抱えるハメになる。空は青空、お天道さんは燦燦と輝いているのに、まだ整地していない部分に水溜りができ、カラスが行水していたり、“ガマ”がハメていたりするのである。
 当然、こうなると本作業はできない。地面を乾かさないといけないからだ。内地であれば「帰ろ、帰ろ。」と引き上げてしまうのだが、ここでは違う。こまごました雑作業を行うのだ。それでも翌朝まで雨が降らず、また強風が吹いていてくれれば乾きが早いのでまだよい。宿舎近辺では降らなくても、現場周辺だけ雨が降ったりするので始末が悪い。翌朝、現場に行くと水溜りが更にデカくなっていて、“ガマ”がタマゴを産んでいたり、カラスが“ガマ”を突付いていたりするのだ。
 ちなみに天候が悪いときに島を一周すると、一周するまでに4〜5回天気が変わる。島の南と北では比較的南側のほうが悪天候に見舞われるようである。そして現場はその南側に位置する。
 現場で使う材料は『荒木田』『石灰スクリーニングス』という、前者は田んぼの底から穿り出した土で、陶芸などにも使われる粘土質の土。後者はレキ質(途方もない時間、地殻変動の影響を受けた、硬い石)を砕いて人工的に作り出した荒い砂に石灰を混ぜてある、両方ともタダでさえ厄介な材料なのに、それが雨で水分をタップリ含んでしまう。もうグチャグチャのベトベト、グランドがモロに田んぼになってしまうのである。参った・・・。
 そこに持ってきて2月26日など、いい感じで乾いているのでトラクターを用い、地面を起こす(今までの路盤と新しい材料を混合させると同時に土をほぐして、均しやすくする。)作業の後、まず降らないだろうと、そのまま起こしっぱなしで作業を止め、その日の深夜に雨に降られ・・・ってか、雪が降りやがったのである。雄山など冠雪して真っ白である。訊けば三宅島で積雪を観測するのは二十数年ぶりとかで、今回の仕事は呪われているんじゃないか?という会話となる。我々全員、唖然ボー然である。それどころか「そういえばお前、昨日、大福食ってたなぁ?」「アンタだって夕べは酒を飲まなかったじゃないか。」「いや、Y崎さんがダイコンのミソ汁を飲んでた(Y崎さんはダイコンがキライ)からだ。」「M本さんだって、夕べのメシ、全部食いきってたじゃないですか。」など、お互いが普段やらない行為を思い出して、お前のせいだ、とやり場のない怒りと虚脱感をぶつけ合う始末。もう、思いっきり島特有の気象変化を見せ付けられ、竣工(工事が全て完了すること)の予定が当初は2月末。半ば過ぎには3月の6日までとなり、最終的には3月15日までずれ込むこととなったのである。
 こんな天気の話を、心配して電話をかけてきた兄にしてみると、さもありあん、という感じである。というのも兄は、自身が中学3年の夏休み(我ら兄弟ってか、家族の中に”夏休みを征すものは受験を征す”という言葉はない。)に物流と交通の面では、今の三宅島よりも悪い(船が週一便。欠航になると翌週まで船がない。当時は片道30時間かかった。)小笠原諸島・父島に行っている。
 どちらかというと亜熱帯地方に属する(サトウキビはおろか、そこら辺に野生のパイナップルが生えているそうな。)小笠原諸島であるが、毎日のように突然の豪雨があるのだそうだ。そしてそれが止むと、何事もなかったように太陽の光が降り注ぐ、といっていた。話を三宅島に戻して、そんな条件であるから雨が降るのは仕方がないとしても、もう一つ問題がある。
 雲が雄山にかかると、火口が雲で塞がれ、雲に阻まれたガスが山肌に沿って下りてくるのである。そして二酸化硫黄ガスをタップリと取り込んだ雲がふもとに酸性雨を降らせるのである。そのため私がウロついている阿古の宿舎や坪田の現場では、西風が強い日は寒いだけである。が、妙に風が吹いていなかったり、北東の風が吹いている時には要注意となる。
 この事態に、宿舎の管理人に”天気予報はドコの地域を見て判断すればいいんだ?”と訊いてみた。さきにも書いたように、大島・新島と八丈島は天気予報の報道がある。三宅島の予報はない。すると管理人さん、こんなコトを言った。
「大島・新島と八丈島の中間を見ればいいんだよ。」
 我々はズッコケた。確かに三宅島は新島と八丈島の中間。だが、天気を判断する材料にはならんだろぅ!?だいたい、新島が晴れで八丈島が雨だったら三宅島は曇りか?それとも雨のち晴れなのか、晴れのち雨なのか?私は釣りに行ったり、キャンプなどアウトドアを楽しむ関係上、天候予測が割かし得意なのだが、今回はお手上げである。独学であるが勉強した気象のことなど何の役にもたたないのだ。ついでに、元請との打ち合わせで毎日夕方6時から、M本さんが元請の事務所に行って打ち合わせをするのだが、その時に情報源がどこなのか不明の“三宅島ピンポイント気象情報”が発表されるという。M本さんはこれを我らに教えてくれるのだが、これがまるっきりハズレるのである。我々は何を材料に判断すれば・・・?この状態に助け舟を出してくれたのが、現場である三宅高校の近くに住むおばあちゃん。このおばあちゃんが、ある判断基準を示してくれたのである。おばあちゃん曰く
「九州の鹿児島が雨降りならば、その日の夕方には三宅も必ず雨が降る。西から来た雲が雄山に引っかかればすぐに雨が降ってくる。」
というのだ。
 鹿児島と三宅島・・・直線で1000km近く離れた場所である。しかしながらこのおばあちゃん、御歳78歳。自分の娘が三宅高校を卒業しているくらい、三宅島で歴史を刻んでいる方である。それに『おばあちゃんの知恵袋』というものがあるくらいである。それでも鹿児島と三宅島の気象関係について私は、半信半疑のまま鹿児島の予報を参考に気象予測を立てた。詳しくは書かないが、朝6時台のNHKの気象情報(NHKでは天気予報とは言わない。)を元に、昼前から雨が降ると予想した。
 するとなんと、雨が降り始めたのである。それも昼前どころか午前10時の一服(休憩のこと。昔はタバコを吸うためやお茶を沸かすのに火を起こすことから始まったのが由来と聞いている。会社やいるメンバーによって変わるが、概ね10〜20分の間、休憩をとる。午後3時の一服休憩もある。)を終える頃に雨が降ってきたのである。それも豪快に。
 さて、そうなると大変である。使っていた道具をしまう、シートをかける、重機を土の地面からコンクリートアスファルト舗装された場所に移動するなどと、蜂の巣を突付いたような騒ぎになる。何しろここの雨はハンパな雨ではない。バケツをひっくり返したような、という表現は当てはまらない。それよりかは穏やかであるからだ。しかし、雨が降る時間が長くて集中的である。これがガスによってハゲ山になって保水力が低下した雄山の山麓をほとんど濁流となって駆け下りてくるのである。そのために砂防ダムなどを増設しているのだが、未だ竣工していないところもまだまだ多い。そしてその現場は現場に浸水しないように土嚢などでせき止め、別に雨水の迂回路を作っている。行き場を失った雨水はそのまま一周道路に流れるのだから、もう道路は川そのもの。流れる水を少しでも分散、せき止めようとしている土嚢ごと流されていく始末である。そしてどこかの現場で必ず、避難させられなかった重機やダンプが土石流に流されて転倒したり、押し流されてダメージを受けるのだった。そしてこれを復旧させるために時間と手間がかかるので工期が遅れ、それを取り戻そうとしてムリに作業をする。そして悪天候に見舞われて重機が押し流されて・・・と悪循環を引き起こすのである。
 この事態を目の当たりにして、天候の脅威と天候判断の重要性を嫌というほど味あわされた我々は自分達で天候予測を行い、備えることにした。時間のズレは、経験がないので仕方ないとしても、判断できる材料が確立されたのである。これにより、ある程度は気象判断ができるようになったのだった。