ゴミ漁り決死隊
 現在の三宅島は島内全域が工事現場といえるほど、大小様々な復旧・新設・改修工事が行われている。私がいる三宅高校も復旧・改修工事を行っている現場である。この三宅高校のように大きな現場と言うのは、これまた多種多様の作業が行われている。作業内容が異なっても作業員の思いは同じ、早く工事を竣工(作業が完全に終わること。作業個所の片付け・清掃まで含まれ、引渡しが出来る状態になることを言う。)させてようということである。そんなコトから各会社の幹部連中はともかく、実作業に従事している作業員達は、自分の作業の領分を侵さない限りは極めてフレンドリーである。お互いが作業に支障がない限りは助け合うのだ。例えば私はグランド屋である。グランドの表面を漉き取っていたら30立方cmくらいの大きさがあるコンクリートの塊がいくつか出てきたとしよう。
 1個だけなら穴を掘って埋める。ゴロゴロと出てきたのならば発注元に掛け合って、処分費を計上してもらう。埋めるにゃ多いし捨てるにゃ少ない、といった場合、同じ現場内で廃コンクリートを処分する工種を担当している会社の人に掛け合って、処分してもらうのである。もちろんタダで。我々もグランドの見栄えを良くする作業がある関係上、砂をよく使う。専用の機会を使ってグランドに撒くわけであるから大型ダンプで10台分くらいの砂を現場に入れる。すると他の作業をしていて、ドラム缶に半分くらいの量の砂が足りなくなった会社の作業員が「悪いんだけど、砂をちょっと分けてくれないか?」と頼んでくる場合がある。ドラム缶半分はネコ(一輪車)に2台分に相当する。それは大型ダンプ1台の800分の1の量に過ぎない。その頼みが頻繁だったり、ウチの社長がそこにいれば話は別だが、大抵の場合は二つ返事で了承する。その他、パワーシャベルやペイローダー(タイヤショベルとも言う)を始めとする重機、ダンプやユニック(クレーン付きのトラック)等の車両、ハンマードリルや電動ノコギリ、カナヅチ、ワイヤーカッターなどの小道具など、それがあればコッチの作業がはかどると言うものを相手が持っている場合「ちょっと貸して」ということはよくあることなのだ。相身互いなので、支障がなければ快く貸し借りする。そして一番多いのが、廃材をもらってくるということである。
 もうヒモから針金、角材・ベニヤ板・コンクリート製品・パイプや鉄筋棒の切れ端・ビニール袋から部材梱包用の包装紙・ダンボール、果てはボロボロの軍手まで、ありとあらゆるもので相手が不要となったものでも、こちらは欲しいと思うものをもらってくるのである。そして相手ももらっていくのである。すなわち、それらちょっとしたモノを合法・非合法を問わず、迅速且つ円滑に入手・調達しようと思ったら、自分の作業範囲の内外の現場をウロチョロしながらよく観察して、どこに何があるのか、を覚えていることと、その現場がどんなところなのかを把握することが肝心なのである。そして私はそれが大得意なのである。
 内地にいれば、足りないものや道具は消耗品ならば近くの建材屋やホームセンター・コンビニ、所有している道具の類ならば会社の機材置き場に取りに戻るということができるが、今回は三宅島。電話をかけて「ちょっと使うから持ってきてよ。」といって通用する場所ではない。手元に届いて使える状態になるまで、連絡する時間によっては最短でも丸2日はかかる。そして、ともかく必要な資機材を積んだトラックが船便の都合上、まだ島に届かない状態だったのである。
 作業遂行上、重要な資機材や使うことを予期していなくて用意していない道具は元請会社で借りられる契約になっていて、貨物船が着岸できなければ道具が来ないとは言え、まさか杭に使うような角木材と釘をくれとか、元請会社でも現場が多くて、スコップやツルハシが足りないと、内地に緊急発注をしているところなのに「スコップを貸してくれ。」とは恥ずかしくて言えないのである。恥を忍んでそんな申し出をしたところで「お前ら、そんなモンも持ってこなかったのかよ。ここに何しに来たんだ?」とか失笑されるのがオチである。このままではトラックが届くまでの数日間、我々の作業がストップしてしまうところまで追い詰められた。沈考一番、私は現場である学校の中から探し出すことにした。
 そもそも学校と言うのは余程の都心にある学校でない限り、どこの学校でも技術員(昔で言う用務員や校務員さんのこと。)さんが草むしりやドブさらい、時には雪掻きなどで使うために、または各種運動部が自前のグランド整備用の道具を持っているため、スコップや鎌、一輪車くらいはある。内地の現場で、持ってくるのを忘れたのならともかく、自前で用意する時間がないような場合は学校側に申し出て、借りたりするのである。そしてここ、三宅高校は実業高校で農業科と畜産科がある。ということは農機具としてスコップだろうがシャベルだろうがあるのだ。しかも急な噴火、全島民緊急避難である。実習や部活動で使ったきり、明日片付けりゃイイや、と投げ出してあった道具がそのまま転がっていたり、日常的に使うものなので、簡易的なロッカーに閉まってあった道具がゴロゴロとしているのである。そして、復旧作業のためにそれらが収められた倉庫やロッカーの鍵は全て開錠されているのである。生徒もいなけりゃ、学校職員もいない(正確には何人かいた。)。我々のように土木作業に従事している人間がスコップや鍬(くわ。地面を耕すときに使う農機具)、鋤簾(じょれん。除草したり土を削ったりするときに使う、幅の広い鍬。)を持って使っていても、それは当然の光景であり、例え学校の備品を無断借用していても疑う余地のない光景である。まさに”木の葉隠すなら森の中、小石隠すなら砂利の中”である。
 まず私は当座の間に使うスコップを探した。これは簡単に見つかった。本校舎の裏手が実習農場になっていたので、朽ちたビニールハウスの傍らに転がっていた剣スコと角スコ(前者は先の尖ったスコップ。サスペンスドラマで殺した人を埋めるために雨の中、ヒロインの女優が穴を掘るスコップ。掘った穴に死体を落とすとナゼか稲妻が光るのがフシギ。後者は土砂を掬う部分が長方形をした、主に砂や砂利を掬ったり地面を均したり、雪国では雪下ろしや雪掻きに使うスコップ。たまに給食センター等で米飯を食缶に移すのに使う場合もある。)、鍬と草切り(鋤簾の軽い判。地面を削るには、それ自体の重量が軽いので力が要るが、小さな雑草をちょいと刈るにはこちらのほうが便利。)を調達した。
 完全に無断借用、後の状態を厳密に考えれば『占有離脱物横領』なのだが、これにより、とにかく作業を止めることなく進行できるのであるから、咎められたとしても文句はない。使えば道具、そのままならゴミである。それを使ってグランドの復旧作業を行い、しかも今後の使用に差し支えないように整備して返納したのである。
 これが有罪ならばガラスの破片、電話工事ヶ所の下に落ちている電線の切っ端、海の堤防に落ちている糸や針などの釣り小物を拾って使ってもム所かブタ箱(前者は刑務所のコトで法務省の管轄。後者は留置所のコトで各警察署にある。基本的に警察庁管轄。)でクサい飯を喰うことになる(返してもクサい飯を食うコトになることもある。)ハズだ。さあ、これからが本領発揮である。
 グランドの復旧・整備作業だけで済むならいいのだが、どう考えてもグランド屋の仕事ではないと思われることが、なんだかんだと発生してくる。例えばマンホールやスプリンクラーの補修。これはまあ、N橋さん操縦のブルドーザーと私が操縦のパワーショベルでブッ飛ばしたものなので、我々で修理するのがスジである。修理に必要となる電動工具を送ってもらって作業にかかると、施工管理のM本さんが、ついでだから、グランドの縁に沿って敷設されている雨水側溝の、割れてしまっているフタを作り直せというのである。これなど完全に我らの仕事ではない。そして送ってもらった電動工具は完璧に揃っていたが発電機がないので、校舎の玄関にあるコンセントから電気を引いてこないとならない。作業個所からコンセントまでは30m、工具に付いている電源コードは2m・・・。
 電気は屋内作業をしている作業員にとって生命線である。スペアの電源コードは全て使われており、とても貸してくれなどとはいえる状況ではない。でも、ないと作業が出来ないのである。せめて5mの延長コードがあれば、玄関の外までコンクリート製品を運んで加工、持ち帰って据え付ければ事足りるのだ。私は電源コードを求め、校舎の中に侵入した。
 今は情報化社会、こんな離島でもその影響は大きい。高校ともなれば学校内に視聴覚教室くらいはある。そこに行けば延長コードの一本や二本は転がっている。そしてここでは、火山ガスの影響を受けて使用不能と判断されたものが全て処分を待っている状態である。捨てればゴミ、使えば道具である。しかもタダである。案の定、転がっていたのだが、それを手に取ろうとした私はふと、目の前に設置されていた書架に目をやった。私はその書架の扉を開けてみた。
 なんとそこには、キレイな電源ドラム(長尺の電源コードを巻いてあるリール。)が数台収められていたのである。しかも50m巻きのヤツである。私は転がっている延長コードをポケットにねじ込み、電源ドラムを引きずり出して、足早に校舎を出た。これで作業個所まで一気に電源を引ける。
 私が埃り一つついていない電源ドラムを手にグランドに戻ると、みんながア然としている。
「どっから持ってきたんだ、それ?」
「いやぁ〜、校舎の中にあったんで、持ってきちゃいましたよ。」
「どっかの業者のじゃないのか?大丈夫か?」
「大丈夫でしょう。書架の中にあったんですから。」
 これを聞いたみんなは、もう誉めるやら呆れるやら。作業個所まで電源が来たことにより、その日の作業はすこぶる捗った。
 その他、グランド屋ならではの作業として、雨上がりのグランドに溜まった雨水の水切り作業、というのがある。これは不完全な状態のグランドというのは平らに見えても『不陸』といって、実はかなりの凸凹があるのだ。グランドは雨が降ると自然に排水されるように勾配が付けられているのだが、この不陸の部分にどうしても水が溜まる。ましてや、トラクターで地面を起こしてままで均しておらず、ブルドーザーのキャタピラで踏みつけてあるだけである。当然、キャタピラの跡に水が溜まっている。これらをバケツで汲み出す作業である。
放っておけば蒸発するんじゃないか?と思われるだろうが、水が溜まっている場所はどうしても乾くのが遅れるので、乾きを均等且つなるべく早くするために行う作業なのである。だがバケツなど内地から持ってきていないのである。またしても私が暗躍する。
 といってもここは学校、しかも農業・畜産科を擁する学校。バケツなんぞ、いくらでも転がっている。多少サビてはいるが、使用に支障がない状態のものが重ねられてゴミとして処分されるコトになっていた。これを二つほど拾ってきて使うことにした。しかし、バケツで汲み出すといっても、水溜りは浅い。水溜りに直接バケツを突っ込んで汲み取っても、バケツの容量を使い切ることはできない。バケツはあくまでも、汲み取った雨水を溜めて捨て場まで運ぶためのものである。実際に汲み取るものが必要となる。空き缶でもコップでも良いのだが、プロの作業としては貧相であるし第一、笑いものになるだけである。まあ、ヒシャクでもあればカッコは付くだろう。そんな会話に私はすぐに反応した。10数分後、アルマイト製・容器直径15cm、木製の柄がついたマトモなヒシャクを2本(農業科があるからといって、肥汲み柄杓ではない。念のため。)手にして、私はみんなの前に姿を表した。
「お前、どっから持ってきたんだ?」
「学校の食品加工実習室ですよ。使えないってコトで、捨てられちゃうらしいですんで、前から目を付けてたんですよ。」
「いかし、まあ・・・もうついでだから学校の金庫も開けて来い。」
 こんなコメントを受けつつも、以後の私はモルタルを均す左官コテからバール、ナタ、運搬台車、型枠の板材から角材、果ては宿舎で飲み物をかき回すためのスプーンや洗濯物を部屋干しするための洗濯ヒモまで、必要なもの。あれば便利なものを処分されるモノの中から探し出して使った。
 そんなある日、学校の校舎と周辺の構造物の改修作業を請け負っている会社が、校庭周囲の雨水側溝を掃除し始めた頃、私はM本さんに割れてしまった側溝のフタを交換するにあたり、曲がり部分や隙間用に使うものを何枚か加工するように指示されたので、側溝に被せてある真モノ(何も加工していない、カタログ通りの寸法があるもの。)のフタを外し、加工作業を始めた。その時だった。
「お前、それ、どっから持ってきたんだ!?」
 聞きなれない声に頭を上げた私の目に入ってきたのは、怒りの表情を露にした外構工事の監督だった。私は工具を止め、グランドとテニスコートに繋がる出入り口の方を指差して答えた。
「どっからって・・・グランドの、あそこの側溝ですけど?」
「ウソつけ!裏からもってきたんだろ!?」
 どうやら校舎の裏手にある側溝のフタを何かの理由で外したあと、見当たらなくなったらしい。それを探していたら、私が電動工具で加工していたので、コイツが勝手に持っていって加工している、と邪推したらしい。完全に濡れ衣である。
「はぁ?何言ってんですか?おれはあそこのフタの切りモノしているんですよ。モノもあそこから運んできたんですけど?」
「なにぃ?じゃあなんで、裏のU字溝(側溝)のフタがないんだ?お前が持っていったんだろぉ!?」
「んなの知りませんよ。ウソだと思ったら、ちょうどお宅の人たちがU字溝の掃除やってるから、聞いてみればいいじゃないですか。おれはあの人たちがいる、目の前で外して持ってきたんだから。」
「よぉし、聞いてみようじゃないか。」
 いきり立つ別会社の監督と共に、その監督の会社と同じ会社の作業員のところに行き、私の言っていることが正しいかどうか証言してもらうことにした。
「ああ、持って行きましたよ。こっちも掃除して、フタを置いていったら、何でか隙間が開くようになったから、ついでに一枚切ってもらうように頼んだところです。」
 この監督、いきなり別会社の作業員をドロボウ呼ばわりし、自分の会社の作業員の話を聞いて私がウソをついていないということが判り、それどころか自分の会社でやらなければならない作業を現場作業員同士の好意でやっていると知り、バツの悪い顔をしている。それどころか私に謝る素振りもなく、私を問い詰めてきた。
「・・・じゃあ、どこに行ったんだ?アンタ、知らないか?」
「知りませんよ。そんなモン。大体、ドコのことを言ってるんですか?」
 私はその監督と一緒に、校舎の裏側にある体育館の入り口脇のフタがなくなったという場所に行ってみた。行ってみると、確かにグランド周囲の側溝に置いてあるフタを同じものを使っているのだが、何かの都合で外されたらしいそれは、周囲に見当たらない。
「ここなんだよ。今朝までU字溝の脇にあったんだけど、見当たらなくてさぁ。探していたら、アンタが表のほうで切り物していたからさぁ・・それにアンタ、よくウロチョロしてるから・・・。」
「外で使える電源っつったら玄関にしかないじゃないですか。それにウロチョロしてるんだって、木っ端探したり水道を使いに来たりしているだけですよ。」
「いやぁ・・・そうなんだろうけどさぁ・・・」
「誰かジャマだってんで、どかしたんじゃないですか?その辺、見てみましょうよ。」
 そう言って私と監督は辺りをキョロキョロと見ながら、消えたフタを探して歩いた。するとそれは、建物の出っ張った個所に、他に外されたサイズの違うコンクリート蓋の横に転がっていた。
「監督さん、これなんですか?」
「うそ、・・・なんで、こんなところに・・・いや、申し訳ない・・・。」
「そんなコト、訊いてませんよ。これは何ですかって訊いてんです。」
「いや・・・その・・・U字溝のフタ・・・。」
 私の詰問に、もうグウの音も出ないこの監督、顔を真っ赤にしながら心底バツの悪い表情を浮かべ、私と目を合わせようとしない。私はここぞとばかりに畳み掛けた。
「ったく、ちゃんと探せばあるじゃないですか。それを何ですか、同じ物をいじっている人間をいきなりドロボウ扱いするとは。こっちはついでだからそっちの仕事もやってやろうってぇんですよ。ちゃんと探してからモノ言って下さいよ。」
「い、いや、すいませんでした。申し訳ありません。」
 そう私に詫びを入れながら監督は、自身に投げかけらた、私の蔑んだ視線を浴びながら足早に現場事務所へと帰っていった。